神招歌と衣替え
2007-06-30
ちょっと遡りますが、
6月15、16の全国幹部研修会から帰ってくると
末っ子のさえちゃんが、
プールから帰ってきて、疲れたのか、布団で寝ていました。
宇治に行く前、
「お母さんがお休みだから、一緒にプールに行きたかったのに!」とすねていたので、
友達同士で行ってくれたんだと、頼もしくおもったのですが、
顔が真っ赤なので触ってみると、熱!!
夜になっても下がらない。
どうしよう。次の日は日曜日だけどみんな仕事と部活で誰も居ない。さえちゃんはおばあちゃんの家に行く予定でした。でもいけないし、私は二日も休みをとってるのに、休めない。
困っていると、
「おかあさん、さえちゃんひとりで大丈夫よ。」
と、けなげな言葉。
さえちゃんお姉さんになったねえ。ありがとう。
だけど、翌朝、全く熱が下がらなかった。
さえちゃんがかぜで熱がでたりする時はきまって主人か私の休みの日で、会社をそのために休んだ事は殆どなかった。
よし!休もう。
急いで、会社に連絡すると、
「お母さん。ありがとう。」
ほっとした さえちゃんの笑顔。
このところのお留守番のストレスのせいで
熱がでてるのかなあ。
でも、安心したのか
ぐっすり眠って午後には、顔色も良くなって、熱も下がってきた。
私も久々にゆっくり休めたので、
午後から念願の
衣替えをすることにしました。
衣装ケースを押入れからひっぱりだして
たんすを全部開くと
この頃いいかげんに衣替えをしていたせいか
ごちゃごちゃの世界にめげそうになりました。
いままでいいかげんでごめんなさい。
正座、合掌。
…この家をお守りくださる神様ありがとうございます……。
…家族の皆様ありがとうございます……。
…天地一切の人よ物よ事よ、ありがとうございます…。
感謝の祈りを深めて
神招歌を唱えて、基本的神想観をした後、
甘露の法雨のテープをかけながら衣替えを始めました。
要る物。要らないもの。思い出のもの。決められないもの。
四つに分けて、
スイスイかたづけました。
部活から帰ってきた長男が
「おお!お母さん!家が気持ちいいよ!」
そうやろ。祈って、お片づけしたもん。
「お母さんはそうでなくちゃ。ボクは覚えてるよ。
おかあさんは専業主婦の時、
いっつも神招歌を唱えて衣替えしてたよ。みるみる片付いてたやん。お母さんはそうでなくっちゃ。」
…うるうる。たかちゃん、覚えてるんだあ。
お母さん、さえにはあんまり祈ってるトコ見せてないよ。ぼくたちみたいに育ててあげんと。
おっしゃる通りです。
そこで、
この日から、
朝の食事の準備の前も
洗濯ものを干す前も
掃除をする前も
帰ってきて、片付け物をする前も
神招歌を唱えて
短かいけれど基本的神想観をして、感謝の祈りをしています。
出来る。出来る。スイスイできる。
まるで魔法にかかったように。
疲れも怠け心もふっとんで
楽しく家事ができるんです。
超スーパー神の子炸裂です。
超スーパー神の子で、超スーパー主婦のゆきえちゃんは素晴らしい♪
さえちゃんは次の日から元気一杯のさえちゃんに戻りました。
ニコニコ♪ルンルン♪
イスラームを学ぼう
2007-06-30
小閑雑感の
「イスラームの理想主義 2,3,4,5 と 神の愛」
難しかったあ〜。
言葉が難解で、仕事で疲れて帰ってきて、ボーとしている私では一度読んだだけでは意味が取れないので、
28日のおやすみの日にゆっくり声を出して読みました。
すると
するするとイメージが伝わってきました。
神の愛まで読み終えると、
万教帰一の教えを説いて下さったんだとやっとわかりました。
四時ごろから読んだので
長男と次女が横で聞いていました。
ふたりとも熱心に聴いていました。
長男は
「ナルホド!そうか。」
と、唸っていました。
子供のほうが本質を捉える能力があるんですね。
素晴らしくハイレベルな読み聞かせでした。
ニコニコ♪ルンルン♪
猫にお守り
2007-06-28
我家のトラ猫のトラ君と
妹猫のタマには
甘露の法雨のお経ストラップ付きの首輪をはめています。
発情期になると凶暴になって
家で一番弱いと判断した人間に襲い掛かってひっかくので
お守りをつけているのです。
6月の終わりごろは毎年誰かが犠牲になっていたのですが
お守りの安心感か
トラもタマも穏かで
仰向けになっていつもゴロゴロしています。
でも先日の朝
トラの首輪が無い!
何もしてないとらはまさにデブ猫、野生猫
なんとも精悍な風貌…
たんすの上かなあと
折りたたみいすの上にヒョイと乗ったら、
いすがバッタンと閉じて
私は仰向けになったまま
宙を飛んで
ドカ〜〜ン!!!
と落ちてしまいました。
実に
素直に落ちたので
寝た状態のまま一番やわらかいお尻から着地したみたいで
お尻が痛かったけど
何処もひねってないし、痛くなかったのですが
昨日お尻を見ると
真っ黒に内出血しいました。
ジタバタと落ちていたら、大怪我だったかもしれないなあ。
良かったあ。これ位ですんで。
お守りは夕方帰ってきた次男君が窓枠にヒッカって居るのを見つけてくれました。
さえちゃんがトラの首輪を付けたとたんに
トラの目がフニャアとやさしくなったんだよと
主人が言ってました。
家族のみんなも
甘露の法雨はうやっぱり猫のやさしさもひきだすんだねえと感心していました。
早速私も甘露の法雨のネックレスをつけて会社に通っています。
ニコニコ♪ルンルン♪
嬉しいこといっぱい
2007-06-27
全国幹部研修会にひきつづき
6月23日24日は長崎教化部で生命学園研修会に参加して参りました。
長崎生命学園は最高に素晴らしかった。
私はまだ生命学園の講師四年目に入ったところですが
私が思い描いている理想の生命学園が長崎生命学園でした。
一朝一石でない長い時間をかけた多くの先生方の愛念の結集なんだなあと思いました。
私も北九州生命学園を磨き上げていこうと決意しました。
多湖周子先生は多くの青年会幹部を育てられていらっしゃいますが、
青年を育てるこつは
「べったり世話をする!!」 のだそうです。
ハッとしました。
わたしも会社の青年「けんちゃん」を生長の家に導こうとしていますが、
青年会に繋げたあと
あまりでしゃばってもイカンかなあと思って
青年会におまかせしてたのですが
「皆さんが真面目すぎて ちょっと… 酒井さんが居ないと行きにくいんです。」
言われて、私が毎回青年誌友会に付き添う事は出来ないので、どうしようかと思ってたとこだったのですが、
多湖先生の言葉で答えが見つかりました。
そうだ!べったりでいいんだ!
私は普及誌の手渡し愛行は出きるけど、
其処から一歩を踏み出す勇気が無くなっていた。
以前ははあったのに
一度はまった
ネットワークビジネスのトラウマなのか
自分が勧めたものを自信をもって進めることが怖かったのか。
多湖先生の一言で
勇気が戻ってきた
いえいえ、もっと深い、もっと大きな
愛が溢れる 想い。
夢。
青年を育てよう。
子供達を育てよう。
長崎からルンルンで帰ってきて、
けんちゃんを捉まえて
「けんちゃん♪ 私のうちをエコ住宅にして青年誌友会の会場にするから きっとおいでよ。美味しいものも一杯食べさせちゃるけん♪
「ハイ!! 絶対いきます。」
「酒井さん、ボク、この頃すごく ついてるんですよ。」
「そうなの。 そうね。 この頃けんちゃん 前向きやもんね。」
「おやじにメールで 感謝したでしょう。 あれからいいことばっかりなんです。 昨日もセレブの人たちの会合に呼ばれて ポルシェにうまれて初めて 乗せてもらったんですよ。」
…けんちゃんは、父の日に10年ちかく 不仲だったお父さんに お詫びと感謝のメールを送って、お父さんからもやさしい言葉が返ってきたらしいのです。
「酒井さんが言っていた、お父さんに感謝すると、全てが好転するって、本当ですね!!」
うん。素晴らしいなあ♪
けんちゃん、まだまだこれからよ。べったり、生長の家の真理をお伝えするけん、楽しみにしてね♪
私のルンルンは止まらなくて、
ずーと、普及誌を上げたいと想っていた、私と目が合うと、言葉が要らない、笑顔で会話出きる、ステキな26歳の職場の女の子に
「私がずーと 勉強している本、読んでみる? 」
と聞くと
「ハイ。 下さい。」
とニコニコの返事でした。
明日感想を聞こうっと♪
壮年層の勉強会も復活できるし、
Iさんが誌友会の会場を提供してくださるし、
嬉しいことがいっぱいです。
ニコニコ♪ルンルン♪
太陽光発電と親孝行と
2007-06-20
主人の両親は83歳。
車がある頃は家まで10分で付いていたのですが
今は歩いて、バスに乗って、あるいて…40分くらいかなあ。
母から近所の借家を勧められたので主人に相談すると
イヤだ!の一言。主人は高層マンションが好きなのです。
お母さんとお父さん、やっぱり近くに居てほしいんだ。
私は休日に生長の家にいくことが多いので両親になかなか会えない。
ごめんなさいと思いながら
どうしたらいいのか判りませんでした。
そもそも山口から福岡に帰ってきたのは
両親と同居するためだったのですが
とりあえず公団に入居すると
母からもう面倒だからそのままいなさいといわれて
これ幸いと暮らし続けていたのですよ。
(だから自由に生長の家の活動もできたのですが)
いつも両親は老後は横浜に暮らしている主人のお姉さんに見てもらいたいと言われて
いいもん!どうせ嫁だからなあ
とスネていたかもしれません。
私の子供の頃
祖母は激しい人で母はいつも我慢していた。
父と祖母の喧嘩をみるのも辛かった。
ひとりひとりはいい人なのに何故皆が泣いているのか
あんな辛い思いをしたくなかった。
なのに
嫁姑問題で辛い思いをしたはずの実家の母は今、兄夫婦と可愛い二人の孫に慕われて、しあわせにくらしています。
「生長の家の教えがあるから調和しているのよ。」
と母…。 おかあさんえらいなあ…
宇治の研修会の行きの新幹線の中でK先生に相談すると
「同居して家を建て替えて、太陽光発電にすればいいのよ!」
とアドバイスを頂いて
宇治の研修の閉会の祈りの時に
決意しました。
太陽光発電をつけよう!
さっそく主人に
「お父さんとお母さんがこの頃弱ってきたでしょう。
私達が責任をもっておとうさんとお母さんのお世話をさせていただきましょう。
同居して環境にも両親にも優しい家をたてましょう。今まで私が怖がって避けて居たんだと思う。ごめんなさい。今親孝行しないと一生後悔すると思うの。お父さんとお母さんが安心して暮らせるようにしましょう。」
母にも電話して思いを告げました。
今日、主人が休日だったので3人で良く話し合ったようです。
主人も両親も一緒の家で暮らすのはイヤだけど
近所で住むことは賛成でした。
両親は今の段差だらけの家を出て、安全なマンションに住みたいようです。
近くに沢山立っているマンションを2件探すか
今の家に私達が入るか。
色々と考え始めています。
毎日日時計日記に書いてます。
「太陽光発電をつけます。両親に親孝行します。」
小さなことはいろいろあるけれど、
一番大切なことを
忘れなければ
全てが整っていく!
そうそう、さえちゃんが夜ひとりで留守番したり、休日もひとりになる時はバスに乗ってお祖母ちゃんの家に行って、みんなが帰る頃おじいちゃんにバス停まで付いてきてもらって家に帰ることになりました。
バスで通うのは大変だとおもうけど
せっかくの両親の申し出です。
近くに引っ越すまでさえちゃんもちょっとガンバランとです。
ますます良くなる。きっとよくなる♪
ニコニコ♪ルンルン♪
全国幹部研修会
2007-06-17
6月15、16日全国幹部研修会に参加させていただきました。
仕事の疲れと末っ子のさえちゃんが近頃体調を壊しぎみで
基本的な元気パワーが減ってきているなあと云う感じでした。
「酒井さん宇治にいくわよ。9時40分の新幹線よ」と言われて、何も考えずについていきました。行ってびっくり。幹部研修会。
しかも教区幹部の諸先輩方は夜行バスでいらしているのに、仕事を持っている壮年対策部長と私だけ特別のおはからい。
有難く受け止めて、しっかりと研修をうけました。
壮年層研修会の雰囲気とまったく違う。
まさしく聖使命菩薩が集まって
他を救わんと研鑽している。
宇治の境内で全身全霊に霊的パワーを注ぎ込まれていくのを心地よく感じました。
白鳩会副総裁谷口純子先生の御講話で
環境問題に取り組むことは
非常に高度な信仰生活で
とてもカッコいいことだと
ますます確信をもって励んでいく勇気をいただきました。
唯、唯、悦んで、悦んで
真・善・美の生活を送る。
全ての人と事と物とに感謝して
真心の生活を送る。
愛と勇気。
お腹の其処から沸き起こる
地に足の着いた
しっかりとした情熱。
やれる。出来る。ガンバレル。
沸き起こるアイデアの渦。
ワクワクが止まらない。
ニコニコが止まらない。
神様!生長の家をし続けて来てやっぱりよかった。
神様!生長の家をますます自信をもって生活していきます。
幸せだなあ♪
雨の夜道
2007-06-14
今日は私の仕事が早めに片付いたので
みかちゃんと帰りました。
遅番が一緒のときでも私は残業が多いので早く帰れない。みかちゃんに先に帰ってもらうことが多いのです。下の子達が安心するので。
会社を出ると 雨が降っていました。
二人とも傘を忘れていました。
最初は小雨でしたが大降りになって
ずぶ濡れになりながら
水もしたたる良い女や〜〜と笑いながら歩いていました。
でも、坂道が苦しくて私がよれよれ歩いていると
うしろから
「傘あげようか!!」
とおじさんが声をかけてくれました。
60ぐらいのちょっと強面のおじさんが曲がり角で傘をさしだしてくれるのです。
「ありがと〜!!でももうすぐそこだから!
(おじさんが濡れたら申し訳がないから)
ほんとにありがとう!!」
元気に手を振って感謝しました。
みかちゃんも
凄く親切なおじさんやったね。びっくりしたあ!
と感激していました。
暗くて寒い雨の夜道で
おじさんから頂いた暖かな親切で
心がほかほかになりました。
ニコニコ♪ルンルン♪
みかちゃんの早朝神想観
2007-06-11
福岡教区女子一泊見真会が6月30日から開催されます。
全国大会の翌日から長女のみかちゃんは先輩と二人で春日神社に行って神想観、祝福讃嘆、甘露の法雨読誦を続けています。
今日で35日め。
眠い!きつい。なんでこんな事してるんだろうと愚痴を言いながら出かけることもありますが、満面の笑顔でさわやかに帰ってきます。
母がくたびれていても
娘の輝きが救ってくれます。
神の子みかちゃん。
あなたは私の鏡なの?
では今のお母さんも輝いているのかなあ?
お父さんを思う
2007-06-05
わたしの亡き父は17歳で生長の家を知り、結婚して間もなく狭心症で苦しみましたが、「生命の実相」で癒されて青年会の幹部として活動していました。
ところが、私が生まれて一歳の時に生長の家を辞めました。
しかし、私が18歳になって再入信しました。
(2006年9月22日のブログ「お父さんが伝えてくれた生長の家」にくわしく書いております。)
父は生長の家を止めて居た時、後悔して苦しんで深酒をしては泣いていました。
生長の家は出入り自由。完全に信仰の自由があるけれど、
あの時だれかが、父を引き止めてくれたら……
そう思うと生長の家に対してさえ腹が立っていたっけ。入信したばかりの頃は。
生長の家を好きなのに、信じたいのに迷って去る。
それがどんなに苦しいか。父を通してだれよりも私は知っている。
今の生長の家がわからないと悲鳴を上げている方たちは好きなんじゃないだろうか。去りたくないのじゃないだろうか。生長の家を。
…そうじゃない。お前はまだまだ未熟だから自分の事など判ってたまるか!
と、
お叱りをうけるかもしれません。
だけど、
過去の父が泣いているから。
過去のわたしが泣いているから。
逃げ出さない。投げ出さない。苦しまない。
喜んで、喜んで、祈って、信じて、愛したい。
それこそがお父さんへの最高の感謝と供養なのだと思う。
ね、おとうさん♪
ニコニコ懸命
2007-06-02
判らなかった頃
日々の祈りをよんでも苦しくなっていた。
機関紙に掲載された文章が雅春先生の文章に似ているようで違う。
違和感が苦しかった。
そんな時
敬愛するS先生が
日々の祈りを読んで
感動して堪らないと感想をお聞きして
何故自分が感動しないのか
感動しない自分はもう生長の家の神様から必要とされていないのか
ヤングの仲間のきょんちゃんも
半身の祈りに大感激していて
うらやましかった。
知りたい。
純子先生の「新しいページ」にも
生活に困窮している自分とは程遠い
恵まれた生活が綴られて
うらやましいだけだった
それでも
それだからこそ
フルタイムで働きながら
休日を生長の家の活動に捧げた
これでもかと本を読んだ
生活費を削って
パソコンを購入して
小閑雑感を読んだ
在る日
きらめいた
心がハットした
転換した
ひっくり返った
それを言葉にするのはむずかしい
日々の祈りに込められた
深い神様からのメッセージが届いた
…無我の愛…
私は生長の家はこうだ
という
マインドコントロールを
自分でかけていたのではないか?
日々の祈りに感動し
難しくて理解できなかった
小閑雑感の内容が
毎日の訓練で
スイスイと理解できるようになった
昨日二度目を読み終えた
「新しいページ」にさわやかな感動に心地よい幸せを感じた。
素直な心がステキな思いが鳴り響く
生長の家は簡単なようで難しい
まさにその通り
命がけ
命一杯
精一杯
やろうではないか!
ニコニコとね♪