夫様が交通事故にあったお話は2006年7月26日のブログ「おいしいコーヒー」に書いております。
朝九時半に始まって二時間の予定でしたが三時間かかりました。
夫様の両親は病院から歩いて五分のところに住んでいるのでお父さんは九時半からお母さんは11時半にやってきました。
洋輔さんが手術室に入っている間、お父さんとゆっくりお話しました。
お父さんは戦争に行って、戦死届けが来たのに1年経って無事戻って来た強運の人です。壮絶な体験だったと思います。
従兄妹結婚で同じ年のお母さんと結婚して子供は二つ年上のお姉さんと主人です。
料理屋を営んでとても繁盛したそうです。
今はお店を閉めて、山の畑の手入れと「歩こう会」が生きがいです。
大正生まれなのに家事もお料理も大得意でよく気がつく働き者のおとうさん、若い頃は女性にモテ過ぎてお母さんはそこで苦労されたみたいです。
お父さんはいつもおだやかでお母さんを泣かしていたなんて、今のお父さんからは想像がつかない。
他愛の無い話をして、お父さんの横にいると安らいで私はうとうとしていました。
11時半になってお母さんも来ました。
お父さんもお母さんも83歳
この頃小柄なお母さんがなおさら小さくなって…。
私はお母さんが大好き。
初めてお会いしたのは、洋輔さんを生長の家のお誘いをしに家庭訪問をした時です。
品の良い頭のよさそうな凛とした小柄のかわいい女性。
宗教の勧誘に来ているのに、座敷に上げてくれて、おいしいお料理でもてなしてくださいました。
仕事が終わったあとに高校生の女の子と講習会の参加促進をしていたので二人ともお腹がぺこぺこでした。出されたご馳走を綺麗に食べたら女の子なのに気持ちがいいわねえと、愉快そうに喜んでくれたお母さん。
お母さんになる人。最初から大好きだった。
私はお母さんを嫌いになった事が無い。
結婚して6年間は山口県にいたので、ささやかな行き違いはあったけど、
子供達が普通に逞しく育って居る事。(お母さんは、この普通が大切で素晴らしいのだと…)
洋輔さんに何があっても夫婦仲良く感謝して生活をして居る事
お母さんは私をいつもこの上も無く褒めてくださって…。
洋輔は幸江ちゃんと結婚できた事が何よりも幸運。
幸江ちゃん子供達を素晴らしく育ててくれてありがとう。
お母さんがこの上もなく賢く愛深い女性なんだと思う。
嫁をこれほど心から褒めてくださるお母さんが居るのだろうか。
お父さん。お母さん。大好きです。ありがとうございます。
この頃ちっともお父さんとお母さんの会いに行けなくて、ごめんなさい。美味しいお料理を持って、時間を作って会いにいきます。ごめんなさい。ごめんなさい。
洋輔さんの手術も無事に終わって、麻酔から覚めるのを待っていると、
交通事故の加害者のMさんが来て下さいました。
奥さんが加害者なのですが、ご主人も仕事を早退して一生懸命に御詫びを言って下さって…。
人に迷惑をかけると、こんなにもあやまらないといけないんだなあと、申し訳ないような気さえしました。
不自由になった主人の気持ちを考えると言葉を選びながら応対しましたが、心の中で神様を呼び続けました。
加害者の方の幸せをもっと真剣に、自分の命と一体で、貴方が幸せにならなければ、私も幸せでないと思えるくらい、愛して、許したい。
丁度ドクターが術後の説明に来てくださったので一緒に聞いてもらいました。
お二人を笑顔で見送って
許しの言葉を何度も何度も心の中で繰り返しました。
迷惑をかけられた相手をも神様を愛するように愛する私でありたい。
理想の私に近づけますように。
夢見て今日も祈ります。
夢見て今日も生活します。
皆様の神の命を拝みます。
ニコニコ♪ルンルン♪




ようこそコメントありがとうございます。
生長の家でチョット前に流行ったんですよ。主人に感謝するための方便言葉と言ったらいいのかなあ。そうですよね。普通じゃないですよね。中に居るとわからなくなるんですねえ。ありがとうございました。
は主人と言うのが、正しい日本語として、聞きや
すいよ思います。
ミワコ様
いろどりひかる☆様
コメントありがとうございます。
…愛する努力真っ最中なんです。努力です。楽しく努力しています。応援を頂いてますます素晴らしい努力ができます…。
素晴らしいね。ホント、素晴らしい。
>貴方が幸せにならなければ、私も幸せでないと思えるくらい、愛して、許したい。。。そうだね、ホントにそうだね。
今日もありがとう、ゆきえさん。
ほんとっ、素晴らしいよ〜〜ゆきえさん!!
生長の家を生活に生きているよ〜〜〜☆
ほんとっ、ゆきえさん!!最高ですよ〜〜☆
感動しました!!すばらしい!!!!!!!!!